キミと同じ

自分の感性を信じて思うがままに綴ります。

自己満足すぎて嫌になるお知らせ♡

はぁぁい?みんなおげんこーーーー?!
あたし、寝不足で死にかけのぬ!よ〜〜~♡

変なテンションごめんなさい。有吉反省会見てからおかしい。サンリオのお兄ちゃんがオネエでショックでこっちもオネエになりかけてる。(知らんがな)

さて!なんで今回そんなに使ってないはてなブログを開いたかというとね。
わたくし、ぬ!はこの度11年間応援させていただいていたKis-my-ft2北山宏光くんからジャニーズWEST中間淳太くんへ担降り致します。
えへへ。知らねえよ、勝手にやっとけっていう感じですけどね、女は喋りたがりなんだってば。そこは目をつぶってとりあえず聞いてよ奥さん。



11年前、当時中学2年生(たぶん)だったいたいけな少女ぬ!は、当時滝沢くんファンだったとんでもねぇジャニヲタの友達に連れられて滝沢演舞城にホイホイついて行ったのさ。

そこで見つけたちっちゃくてちょこまか動くちょっと色気のある子。上演が終わっても頭から離れなくてえげつないジャニヲタの友達にあの子誰なのよって聞いたのね。

まぁその場で分かるはずもなく帰ってから雑誌と照らし合せて名前が判明したのね。


人生で初めて耳にした彼の名前はなんだか心地よかった。
そこから私の北山宏光大好きライフは始まったのね。


私たちの他ににJr.好きな子はなかなかいなくて、とんでもねぇジャニヲタの友達に助けられながら日々北山くんへの愛を深めていった。

グループが出来ては消え、出来ては消えの動きが激しいJr.の中で、大好きな北山くんはいつも笑顔で輝いてた。たまに出てたバラエティ番組ではセクシーで博識そうな彼からは考えられないほど純粋なコメントやリアクションが飛び出してて、芸能界に揉まれてないまっさらな彼がさらに愛おしくなった。

彼が出るという現場はやっぱり多くて、あまり裕福ではなかった私は世にいう全ステや多ステはできなかったけれど、現場に行ったら必ず幸せな気分になれたから不満には思ってなかった。

たまたま入れた代々木第一体育館でのコンサート。ほんとに運が良かったんだと思う。
MC中に安井くんがステージに来て。
茶色い封筒を愛しい彼に渡して。
困惑する客席の中、彼から告げられた

Kis-my-ft2 デビュー』

思わず知らない隣の人と手を取り合って喜んだ。汗で崩れていたメイクは喜びの涙でもっとボロボロになった。
応援してきてよかった……!
見返りを求めたんじゃないけれど、なぜだか誇らしい気持ちになれた。その時の現場用のメモには『我らがキスマイデビューじゃ!!!!見とけ世間!!!』って喜ぶ棒人間と一緒に書いてある。お前何様やねん笑


その後の2011年3月11日
東日本大震災で大事な家族を失った。

もうダメになるんじゃないかってくらい泣いた。水分なさすぎてミイラになるぐらい。
もうずっと家に引きこもってた。その後の身体も見つかってない。残るものがない。虚しかった。
そんな私を励ましてくれたのはとんでもねぇジャニヲタの友達と北山くんの笑顔だった。
デビューが決まった北山くんの眩しい笑顔が私の生きる糧になった。とんでもねぇジャニヲタの友達はとにかく北山くんの公式写真をたくさんくれた。嬉しかった。(雑)

デビューした彼らはトントン拍子で芸能界を上り詰めていった。そんな彼らの後ろ姿にどこか寂しさを覚えたけど、そんな権利私には無いからただ黙って背中を見つめていた。

彼らの成長、飛躍は素直に嬉しいし、露出が増えて彼を知れる時間が多くなった。
でも、その分彼らは芸能界に揉まれていく印象が強くなった。

リアクションは大袈裟になったし、笑いをとる方法は誰かを落とす方法になったり。宮田くんいじりに逃げてしまう所もあったり。

それと、ファンの人達が彼らに文句を言うのも目立つようになってきた。意見と捉えるならまだ良い方なのだが、一部の人はもうアンチに見える。ファンなら素直に受け止めればいいのに、と考えることも多かった。

だから、彼らが出ているテレビで自然に笑うことができなくなっていった。

キスマイのファンでいることに違和感と言うか、疲れ始めた頃にたまたま見たテレビで私は自然に笑えていた。

ジャニーズWESTの!日本昔話〜!』

たまたま見たというか、えび目当てで毎週見てたわ。
だから彼らのことは知っていたのだけれど、このコントを見て自然に笑っていた私。
彼らのことが気になりだしたのはその頃。

関西人だからなのかわからないけれど、喋ると面白い。誰かを落とす笑いのとり方じゃなくて、誰かが甘噛みしたらそれでツボって抜け出せなくなるとか、変態なトークで盛り上がってスタッフさんに怒られるとか、自然な笑いが比べてしまうけれどキスマイと違って優しくて楽しかった。

その中でもより一層気を惹かれたのが最年長の中間淳太くんだった。台湾とのクオーターで知識があってかわいくてかっこよくて、北山くんと違って身長高くてむっつりな部分があるのに好きになっていた。

中間くんが気になりだしてからは、北山くんが出る番組などをチェックしなくなっていった。新曲発表とかは詳細を調べたりするけど、年子ウィークとか、日本人妻とか雑誌とか正直どうでもいい範囲になってた。

それならさっさと担降りしろよって話だけど、やはり11年も応援してきていたぶんだけ、こんなにあっさり終わるのが納得いかない部分があった。泣いて泣いて引きこもった時に励まされた人でもあるからそんなにあっさり終われない気持ちでいた。

それなら掛け持ち、と決めてみたけど言い方酷いけどやっぱりもう北山くんには興味が沸かない。
ごめん、北山くん。

こんな気持ちでファンでいたくないという、完全なる自己満足で終わらせます。
支えてくれてありがとう。大好きだったよ。
愛してた。